トマトソースがけ焼きそば
甲斐みのりの焼きそば道楽
文:甲斐みのり写真:村上誠
「〈みかづき〉の店名は、創業者一族の苗字からきています。現会長で三代目となる三日月晴三の祖母が、明治42年に甘味処〈三日月〉を、花街・古町で始めました。当初は氷水やあずき湯などを出していたそうです。周囲に料亭が建ち並んでいたので芸者さんたちにも親しまれ、一時期は店に女性しか入れない時代もありました。甘いものを食べたい男性客は、女性におみやげを頼んだり、女性同伴で店を訪れる必要があったんですね。店のキャラクターは『あんみつ姫』作者の倉金章介さんに直接依頼したというから贅沢です。帝国ホテルの味を参考に作り始めた卵の黄身入りアイスクリームは、新潟出身の作家・坂口安吾さんも食べに来たと言われています」
〈みかづき〉とは、新潟県内に20店舗以上の支店があるファストフードチェーン店。以前は甘味に使っていた小豆から生まれたという、さっぱりとした食べ心地の「あずきアイス」を取材するため新潟市の中心にある〈バスセンター〉内の〈みかづき万代店〉を取材で訪れ、冒頭のように店の成り立ちを伺った。そのとき高度成長期に作成した新聞広告やリーフレットの数々を貼り付けたスクラップブックを見せていただいたのだが、プリンホットケーキ、アーモンドシャンテリー、ベビーシュークリーム、フルーツのデコレーションケーキ、シャルマンタッチのロールクリーム、あんみつ祭など、今はなきメニューやイベントがずらり。古いエピソードや昔の広告を見聞きすることで、新潟市中心部が甘味に湧いた華やかな時代が垣間見えた。
〈みかづき〉はファストフード店といっても一般的にイメージするハンバーガーやラーメンを扱っていない。その主軸は「イタリアン」という名の一風変わった洋食風焼きそば。あずきアイスの取材ではあったけれど、みかづきを訪ねたからには、みかづきの顔であり、新潟っ子のソウルフードと言えるイタリアンについて話を聞かねばならない。私自身、以前新潟を旅したとき2日続けて食べたほど、すっかりファンになっていたからだ。そのとき、あずきアイス以上に時間を費やしたイタリアンの話を、やっとここで記すことができる。
「お嬢さん ちょっと変わった焼きそばを始めました」というキャッチコピーとともに、イタリアンが誕生したのは昭和35年。三代目が箱根で開催された商業会セミナーの帰りに立ち寄った東京で、ソース焼きそばが流行していることを知ったという。当時の三日月では、あんみつやあずきアイスとともに、関東煮(おでん)が大変人気があった。その頃、おでんは家庭以外で赤ちょうちんの屋台や居酒屋でしか食べることができず、甘味処で気軽に注文できるのがありがたいと女性たちに重宝されていたのだ。それゆえに他の軽食もメニューに加えたいと考えていたところ、勉強会後に焼きそばとの出会い。ありきたりな焼きそばでは面白くないとからと、ミートソースと粉チーズをかけ、フォークで食べるスパゲティ風のオリジナル焼きそばを思いつく。イタリアンの名前は、全国的に喫茶店で人気だったナポリタンに対抗して、モダンな呼び名をと付けられた。
“ちょっと変わった焼きそば”が新潟っ子に浸透したきっかけは、昭和39年に起きた新潟地震後に小中学校で頻繁におこなわれるようになったバザーにある。他の場所で作ったものを持ち込むのではなく、来場者の目の前で調理して温かいできたてのイタリアンを提供することで、子どもから親世代まで幅広い層に受け入れらていった。昭和47年、漢字の〈三日月〉からひらがなの〈みかづき〉に店名を改名したのときを同じくして、甘味処から向きを変えて現在のファストフードスタイルに。長岡市を中心に餃子やソフトクリームなどを扱うファストフード店を展開する〈フレンド〉の創業者は三代目の盟友で、フレンドのメニューにもイタリアンが仲間入りしたことも、他にない独特な焼きそばが新潟県内で広く愛されるようになった理由のひとつだ。
肝心のイタリアン。時間が経ってものびにくいもっちりとした太麺の自家製中華麺に、キャベツともやしを加えて炒め、東京風のソースと粉チーズで味付け。じっくり炒めて甘味を引き出した玉ねぎやコーン入りの特性トマトソースをかけて出来上がり。白生姜の付け合わせが箸休めにちょうどいい。焼きそば自体は比較的さっぱりとした味わいで、麺とトマトソースが絡み合うと、焼きそばともパスタとも表現しがたい独特の風味を醸し出す。ときどきカリッと焦げた麺が混ざっているのも店頭で手作りしているからこそ。ソースは、ホワイト、カレー、エビチリなど数種類から選ぶことができ、揚げたてのフライドポテトと合わせて食べるのが至極幸せ。
先日、別の取材で新潟を訪れたときにも、取材前にいのいちばんにみかづきへと駆け込んだ。まずはイタリアンとフライドポテトのセットを注文し、食後にあずきアイスというコース。イタリアンを食べながら、もう一皿食べたい、大盛りを注文すればよかった、また明日も食べたい、みかづきがある新潟はいい町だ、としみじみ思う。その先に控える取材先も飲食店。まだ食べたい気持ちをぐっと我慢して、店で食べるのと変わらぬおいしさの取り寄せ用冷凍イタリアンを店頭で手配してから、仕事へと向かった。
(写真・文:甲斐みのり)