捨てる神あれば持っとく人あり
しのげ!退屈くん
文:安田謙一画:辻井タカヒロ
辻井タカヒロさんが新しい本を出した。
『持ってたところで何になる?』(かもがわ出版)は、『焦る!辻井さん−もうどうしていいのかわからない日々−』(京阪神エルマガジン社)、『京都ケチケチ買い物案内』(誠光社)に続く漫画家としての第3弾。京都民報に連載されていた見開き2ページの読み切り集で、「断捨離」と真っ向から対峙する「持っとく」精神の産物として結果的にコレクションとなった80の品々とそれにまつわる挿話が漫画化されている。高齢者を意識したホームコメディ、という目論見が反映された表紙デザインを目の当たりにすると、これはもう梅酒というよりポップアートであり、哲学である。
あるある、を通り越してしまった、ないない、のパワー。京都には「拾得(じっとく)」だけでなく「持っとく」もあるのだ。
解説はとみさわ昭仁さんが手がけている。
とみさわさんといえば名著『無限の本棚』(ちくま書房)の中でも披露されている「エアコレクター」という概念の生みの親である。さまざまな蒐集を経験した末に、コレクトの対象を物質の外、たとえば「フレームのフォルムが西暦になっているメガネ」や、「映画の中の(時間の経緯を表現する)タバコの長い灰」という「気づき」に求めた。「エアコレクター」という冴えたネーミングによって、そこに新たな価値観が与えられた。ということで、この夏、私が思いついたエアコレクションを。
脳内で集めてみたのは「球技のボールの音をSEに使用した曲」である。
めっぽう面白かった映画『チャレンジャーズ』(24年)。ドキドキするほど軽薄な劇伴(トレント・レズナー&アッティカス・ロス)が魅力的で、配信でサントラ盤を聴いていると、5曲目「ザ・シグナル」の終盤にテニス・ボールの音が出てきた。これをきっかけに「ボールの音が入った曲」をいろいろ思い出してみた。
ローランド・カークのアルバム『ザ・ケース・オブ・ザ・3・サイデッド・ドリーム・イン・オーディオ・カラー』(75年)に入っている「ドリーム パート1』の冒頭には卓球のボールの音がコラージュされている。観光ホテルの卓球場で録音されたような素人くさいラリーで味がある。
TVアニメ『巨人の星』(68年〜)の主題歌のオープニングにある、ピッチャーがボールを投げる音、バットに当たる音(今回はこれだけが重要)が2回、ベースラニングから滑り込む音、球場の歓声、というSEも忘れちゃいけない。面影ラッキーホール(現在はOnly Love Hurts)「俺のせいで甲子園に行けなかった」(88年)にも、そのまんま引用されている。大滝詠一は、「Baseball−Crazy」(78年)には当然のことながら、「君は天然色」(81年)にもボール音(バット音?)らしきSEを導入している。この曲のパスティーシュである栗山英樹「天使というより魔法使い」(93年)にもこのSEがあるが、よく考えると、野球選手なので、至極真っ当なのである。
プリファブ・スプラウト「アイ・ネヴァー・プレイ・バスケット・ボール」(84年の『スウーン』収録)はタイトル通り、バスケット・ボールのドリブル音のイントロが曲のテンポを支配する、まるで謳うイルカみたいな名曲です。