フランシス・霊
しのげ!退屈くん
文:安田謙一画:辻井タカヒロ
こうして原稿を書く以外に、電報を配達するアルバイトを10年以上、続けている。
かつては試験の合否や、危篤などの伝達手段としても活用されたが、私が勤めはじめた頃からすでに、冠婚葬祭のメッセージがメインとなっていた。
なかなかレアな職種である。それゆえ、これを題材とした小説を書いてみよう……
とは、今のところならない。
それでも、なにか書くとしたら、これだけは使おうというエピソードがひとつある。
軽自動車での配達とはいえ、真夏の作業はなかなか辛い。水分は補給出来ていても、塩分を欲している自分がいる。塩、塩、塩と考えている目の前に、小分けのパックに入った葬儀用の清めの塩が目についた。苦み走った顔で、それを口に含み、また次の配達先へと車を走らせた。
なんてね。……使えないか。
葬儀の形態も変わってきた。通夜を設定していないものも多い。配達に行った部屋に遺族は誰もいなくて、白い布が顔に覆われた「ご遺体」(捜査一課長の内藤剛の声で)とひとりでご対面することも少なくはない。
最初は少し怖くて、それこそ清めの塩でも撒こうか、と思ったりしたけれど、だんだん、その状況にも慣れてきた。
怖い、というのではないけれど、禍々しいものは避けて通りたいという気持ちはなくもない。
先日、月刊レコード・コレクターズ誌に依頼されて、『実録! 世界オカルト音楽大全』というCDについての原稿を書く仕事を請けた。自分で言うのもなんだけど、こういう「その他」物件は大好物である。
このCD、ベルギー原盤のアンソロジーに日本語のライナーが付加されたもので、内容といえば、降霊会(日本でいえばイタコ)や、ポルターガイストの実況音など、ガチと言えばガチの音源ばかりが収録されている。妻が留守の時間に、いざ家で再生……と思ったものの、なんか気が引けた。
そこで、音源をスマートフォンにとりこんで、家を出た。昼日中に、出来るだけ人がいる場所で聴こう、と選んだのは、カフェ……ではなく、もう名前が無くなった省庁の名を冠した大きなホテルのロビーだ。
ライナーノーツ片手に、大音量で少年にとり憑いた悪魔の声を聞いた。なかなか乙なものである。「第二集」には馴染み深いユリ・ゲラーの歌声や、これまた馴染み深いジョー・ミーク「アイ・ヒア・ア・ニュー・ワールド」なんかも入っている。
それなりに没入して聴いていると、まわりがざわざわと騒がしくなってきた。ふと目をあげると、目の前を文仁親王妃紀子さまが横切られた。帰って調べると、翌日に神戸で行われる世界パラ陸上競技選手権大会の開会式に参加される予定があった。私がユリ・ゲラーを聴いているときには、同じ通路を秋篠宮文仁親王さまが通られたのだろう。まるでオチのない話ですみません。
先日、用があって誠光社に顔を出した。店頭で『実録! 世界オカルト音楽大全』が売られているのを見て、店番をされていたMさんに、先の「ホテルのロビーでこのCDを聴いていたら紀子さまが目の前を横切った」という話をした。彼女は「その話、書かれましたか? まだだったら書くべきです」と明るく言われたので、いま書いた。