ウィ・アー・ザ・社会
しのげ!退屈くん
文:安田謙一画:辻井タカヒロ
もしも私にギャラクシー賞を贈与する権限があるなら、フジテレビ「私のバカせまい史 誰も調べたことのないバカ歴史」の「いつからボケられなくなった…クイズ番組 芸人の苦悩史」の回を選ぶだろう。
「かつて、クイズ番組の解答席にいるお笑い芸人は不正解のボケ回答を要求されていたが、それが数十年の歴史の果てに、いつの間にか、その立ち振る舞いが叶わなくなった。複数あった転機を過去番組の映像とともに検証する」という内容だった。
品川庄司の品川祐が「芸人のくせに勉強する」という彼なりの変化球のボケを実践したら、それがウケて、そのうち、「勉強してきた」ということのほうが、笑いが取りやすいことに気づき……という風に、個人的体験を語る。自己分析というか、仕事論として素直に感動してしまった。かつてなら「カノッサの屈辱」がやっていそうな企画ではあるが、「つくり」に気取りがないぶん、こっちの方が素直に楽しめる。芸人の体温が感じられるのがいい。
ラジオでも成立するような番組だけど、「クイズ!ヘキサゴン?」で主役たるおバカタレントの珍解答への「つなぎ」として、なにひとつボケることなくクイズの正解を嬉々として答える数十年前の品川庄司の庄司智春の姿を目にするのはやはりテレビならでは、と思った。
クイズ番組でお笑い芸人がボケない、というのは、単純にTPOの問題であるんだけど、そう簡単に割り切っちゃうと、もやもやする。決して他人事ではない。
14年9月、「ジョージフェスト」として知られる、ジョージ・ハリスンの追悼コンサートが行われた。豪華出演者にまじって、ウィアード・アル・ヤンコヴィックが出演、70年代のエルヴィスを思わせるアクションでジョージの「ホワット・イズ・ライフ(美しき人生)」を熱唱した。なんでもパロディ化するヤンコヴィックが、一切、その芸を封印して、ただただストレートに歌い、踊る。背丈が近いこともあって、その愚直さが、まるで自分のように見えてくる。あれこれ迷った末の答えが、「ボケずにロックすること」だった。なんかグッとくる。
ネットフリックスで「ウィ・アー・ザ・ワールド」のレコーディングに関するドキュメンタリー番組「ポップスが最高に輝いた夜」を観た。クイズ番組のお笑い芸人の苦悩をはるかにしのぐ男がここにいた。ボブ・ディランは自分がどう歌っていいのか、を完全に見失っていた。そもそも、俺はどんな風に歌っていただろう。完全に記憶を喪失したような顔で佇んでいる。スタジオにはかつて彼の「風に吹かれて」をカヴァーし、ヒットさせたこともあるスティーヴィー・ワンダーがいた。ディランの前で、ディランの歌真似を披露し、それをディランが真似て、レコーディングを成功させた。
19年6月に旧グッゲンハイム邸で行われたイベント「初夏のセンバツ」で、ゑでぃまぁこんが、「ウィ・アー・ザ・ワールド」を日本語(ゑでぃ訳詞)でカヴァー、そのボブ・ディラン役に起用された。共演者の柴田聡子はシンディ・ローパー役を華憐にこなした。私は私なりにディランを真似して歌ったのだが、いま考えてみると、スティーヴィー・ワンダーがディランの真似をしたものを真似たディランを演じたのだ。