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しのげ!退屈くん

歩かせるツアー

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しのげ!退屈くん

文:安田謙一画:辻井タカヒロ

 『サブスタンス』という新作映画を観た。

 容姿の衰えに気を病むベテラン女優が、特殊な若返りの手段を手に入れ……というホラ—映画で、35年前に『ゴースト ニューヨークの幻』でろくろを回していたデミ・ムーアが主演。試写の誘いに飛びついた。

 かつてスターだった女優のエリザベスの人気が落ちていくという時間がハリウッドのウォーク・オブ・フェイム(歩道に埋め込まれた星形のプレート)を使って描かれる。キンクス好きなら「セルロイド・ヒーローズ」の歌詞を思い出すだろう。

 現在はエアロビクス・ダンスのテレビ番組で主役を続けるエリザベスは、若さと美貌を取り戻すという「サブスタンス」という医療手段(自らの髄液を使用するヤバいやつ)に手を出し、スーという新たな肉体を手に入れる。スーを演じるのは「憐れみの3章」のマーガレット・クアリー。

 ただし、この薬品には一週間ごとに、エリザベスとスーの肉体が入れ替わらなければ、という条件があった。そのバランスを失うと……という世にも怪奇な物語である。

 今年になって、YouTubeで竹脇まりなの「8分で正月太り解消」の動画を観て、部屋で脂肪を燃焼している者としては、エアロビはかなり身近なものだった。裸同然で踊るスーとなんとかなろうとは思わないが、10分ほどその人自身になってみたいという気持ちはなくもない。その気持ちに寄り添っていたつもりのエリザベスが、どんどん暴走していく。ある意味、とても古風な物語である。フランク・ザッパの歌「お前の身体でいちばん醜いところはどこ?」の世界。なんとなく、おっさんが監督したのかと思っていたら、コラリー・ファルジャというフランス生まれの女性だった。


 カンヌ国際映画祭の脚本賞(監督のファルジャ)を受賞したというのには少し驚いた。審査員は楳図かずお「洗礼」を読んだことがあるのだろうか。デミ・ムーアが主演女優賞、というのは納得がいく。『モンスター』のシャーリーズ・セロンや、『いとはん物語』の京マチ子など、ベテラン女優は張り切って自分自身に「汚し」を入れる。

 さまざまな映画への目配せも愉しい。テレビ局の廊下が『シャイニング』のオーバールック・ホテルの内装に似てるな、と思っていたら、笑っちゃうようなキューブリックへのオマージュもあった。『キャリー』の修羅場もあれば、『ブレインデッド』みたいな造形もある。ジェネシス時代のピーター・ガブリエルのコスプレや、『蔵六の奇病』も思い出した。映画を観て、驚く人もいれば、感動する人も、怒り出す人も、呆れる人もいるだろう。そういう意味ではとてもいい映画なのでは、と思う。ヒットの予感。

 映画の中で久しぶりにアルカセルツァーを見た気がする。『オール・ザット・ジャズ』のオープニングじゃないけれど、コップの中の錠剤が泡を立てて水に溶けるシーンはとても映える。煙草を取り出して、火をつけて吸い、煙を吐き出す、という一連のアクションもまた映画を豊かにする。たとえば、スマートフォンの画面を指でスワイプする仕草だって、それが進歩して失われた頃には、なんて優雅な動きなんだろう、と思える日が来るかもしれない。

 避妊具を装着するシーンはもっと増えたほうがいい。たとえ優雅じゃなくても。