ひょうたんの話
足りない「もの」を作る
「瓢箪は人類最古の栽培植物の一つ」という話を聞いてから二年程、個人的なひょうたんブームが続いている。ひょうたんに関係する話がなんでもおもしろく感じ、調べたり育てたり加工したりとあれこれ試しているのだ。
始まりは考古学のトークイベントで聞いた有用植物についての話だった。
人類が古くから活用してきた植物の一つであり、アフリカ発祥とされるひょうたんが人の手によっていかにして世界各地に広められ、食器や漁具、楽器など様々な用途に用いられたのか、といった内容だ。一万年以上にわたる人類の足跡を辿る壮大な話である。
同じく古くから利用されている「漆」の栽培史について聞きに行ったのだが、すっかりひょうたんにハマってしまった。種や苗を買い、つるを這わす棚を作り、近所の「ひょうたんおじさん」や全国規模の瓢箪文化振興会のイベントを訪ねたり、古民具屋でひょうたん茶器や酒器の良し悪しを聞いたり、種を友人に配ったりと、少しづつおかしな方向に向かっている。
ひょうたんは食べられないものが多いが、植物的にはユウガオに近く、ウリ科なのでスイカやカボチャの仲間である。原種は一株からいろいろな形の実が収穫される植物だったらしいが品種改良や分化が進み、時代や地域で固有の形のものが増えたようだ。
そもそも数千年も前、水を運ぶ道具が限られていた時代には土器や動物の皮の容器などとともに器として相当な需要があっただろう。特に航海などでは、軽い容器は重宝されたに違いない。
今の日本人がひょうたんと聞いてまず想像する、くびれのある形は中世以降のものらしく、紐が括りやすいので水や酒の容器として広く用いられたが、
それまではずんぐりとした球形や首の長い形の品種が多かったそうだ。
一昔前までは素材としてそう珍しいものではなかっただろうし、雑器としても一般的に用いられていたと思うが、現代の基準でいうと瓢箪型の水筒などはどう見ても洗いにくいし実用的ではない。道具を作るのに植物を育てるところから始めるという考え方をする人は多くはないと思うが、丈夫な一年草植物なのでプランター等でもわりと簡単に栽培することが出来る。
中身を腐らせて中空にする工程の「酷い臭い」、器に液体を入れて手で持った時の「独特な熱の伝わり方」など、直接体験してみないとわからないことが多いのは、ひょうたんの魅力の一つかもしれない。用途に合う形を探したり、逆に自然の形に合う使い方を模索したり。植物と道具の歴史を追体験する楽しみがある。
人との付き合いが長い素材にはそれなりの理由がある気がするし、なにより物語が詰まっていて面白い。ひょうたんの猪口を眺めながら数千年前の海洋航海に想いを巡らすのもいいだろう。夏はグリーンカーテン、クリスマスにはユーモラスなオーナメント、といった手軽さもいいかもしれない。
個人的には、遠い音が出るともっぱら噂の瓢箪製の笛が欲しくてたまらない。