プロ騎士
しのげ!退屈くん
文:安田謙一画:辻井タカヒロ
2024年の秋に、退職代行サービス「モームリ」を運営する会社が公式Xで次のような内容のポストをした。
同社の従業員Aから、他社の退職代行サービスを通じて退職を申し入れられ、たいへんショックを受けた、という。
なんでも、Aには、前職を辞めるときに、「モームリ」に依頼してきた、という過去があったという。
この話題を私はアルバイトの配送者を運転中にAMラジオで聞いた。ぼんやり聞き流していたので、高速道路のサービスエリアに車を停めて、ラジコのタイムフリー機能で、もう一度、じっくり聞き直してみた。
なんとも、ねじれた、痺れる話だった。
二重スパイ、という言葉が咄嗟に頭に浮かんだが、脳内で反芻するうちに、これはP.K.ディック的なんじゃないかな、と感じるようになった。こういう、ねじれた、痺れる話を、ついついP.K.ディック的、と言っちゃう世代なのである。星新一的、という人もきっといるだろう。
この「退職代行サービス」という不思議な職業のことを考えると、うちの母親(昭和15年生まれ、現在のところピンピン)と、その妹(昭和19年生まれ、5年前に死去)のふたりのことを思い出す。
幼少期からずっと仲良く暮らしてきた姉妹は、電話では聞き分けるのが難しいほど声が似ていた。それを活用して、それぞれが電話するのが精神的にしんどいとき(たとえば、予約した店のキャンセルや、買った商品の返品依頼など)は、もうひとりが成りすまして、それを代行する、という行為を数十年続けてきた。
横目でそれを見ながら、よく出来たシステムだなあ、とも思ったこともあったけど、冷静に考えたら、それぞれ当事者が「他人事」の気分でやっちゃえば、話は早いんじゃないか、とも思うのだった。ある意味、私はこの「気分だけ成りすまし」の極意をふたりから学んだような気もする。パーマンに出てくるコピーロボットを使いたくなったら、それを意識しながら、自分の鼻を押してみる。
代行という話から、リンダ・トンプソンのことを考えた。
発声の障害に見舞われた彼女は、24年に、自作の新曲をルーファス・ウェインライトやプロクレイマーズなどに代行して歌ってもらう、という趣向の、11年ぶりとなるソロ名義のアルバムをリリースした。
ただ、自作曲を歌われるだけでは物足りず、米国のシンガー&ソングライター、ジョン・グラントについて書いた歌を、ジョン・グラント自身に歌わせるという、ねじれた構造の曲もある。
で、このアルバムのタイトルが『プロキシー・ミュージック』(代理音楽)。もちろん、ロキシー・ミュージックのパロディだ。スリーヴには、ロキシー・ミュージック、72年の同名アルバムのジャケを飾ったモデルのカリ=アン・モーラーの代わりに、77歳のリンダ・トンプソンが同じコスチュームで、同じポーズをキメている。
意味とフォルム、ともに、これ以上完璧なパロジャケもそうはない。優勝。
やっぱり、アナログ盤で欲しくなった。本家と同じく、見開きジャケだったらいいんだけど、贅沢は言わないでおこう。